ひみつの花園で。

うちから車で20分ほどのところにあるガーデン・オーチャードのツアーに参加した。8~10人ほどの少人数で、オーナーJさんのガイドでお庭を見て回るもの。

ひとこと。

天国のお庭だった。

今はダリアのシーズン。スマホ写真では伝えきれないけれど並べます!

「Shiro」という日本のプラムの木が庭の入口で迎えてくれる。

Jさんの庭は観賞用のものではなく、彼女が自分のビジネスで使う花(フラワーデザイン、アレンジメント、ワークショップ、サブスクなど)を育てている「季節の花の畑」。花だけではなく、りんごやプラム、ブルーベリーやトマトなども入り混じって植えられていた。

とっても魅力的なひとだな、と思った。Jさん。

20年以上前に建てたという、シンプルでコレまた素敵な家の3方を花が囲っている。

広いウッドデッキからはどちらを見ても季節の花と緑。方角的におそらく、北側の斜面には、手を付けていない雑木林が残っている。野生動物たちがたくさん暮らしているわよ、と言っていた。

大きなウッドデッキからはお庭全体を見ることができるみたい♪ 素敵だー。

Jさんの旦那さんのDさんはランドスケープデザイナー。ふたりで築き上げた庭なわけです。

自宅の裏側(背面)にはDさんのご両親の家がある。もともとはこのご両親の大きな土地で、その前はもちろん、先住民たちの暮らした豊かな土地だと言っていた。土の質がとてもいいんだって。

ご両親の土地に自分たちで小さな(そんなに小さく見えなかったけどシンプルな)家を建て、北側にあった納屋として使われていたものに手を加え、それはJさんのスタジオになっている。

スタジオへの入口。

直射日光が全く入らないそのスペースは、夏でもひんやりとしているらしく、切り花を保存するのにも向いているらしい。彼女のデザインする少人数制のワークショップも、このスタジオで開かれる。

今年に入ってスタッフをふたり雇ったんだって。それまでは、全てをひとりで(Dさんは彼自信のビジネスがあるので)切り盛りしていたというJさん。この花に関わる仕事を始める前は「国境なき医師団」で働いてきた。スーパーウーマンだ!

自分には思い描くコンセプトがあり、それを(ひとりで)少しずつかたちにしてきたって。年齢は私と同じくらいかな。やりたいこと、まだまだ作り続けていきたいものはたくさんあるけれど、全くひとりでその目標に向かうことに少し限界も感じ始めたので、ひとを雇ったらしい。

この丸いかたちのダリアがたくさん!色もかわいいのー!

これだけ長年花を育ててきても、まだまだ学ぶこともあるとも言っていた。夏は私の住む地区よりも4~5度温かいけれど冬は2~3度低くなるんだって。数年前のコールドスナップ(予想以上の寒波)では、植え替えをせずに土の中においておいた球根が全て駄目になったって。

赤いブルーベリー。始めて見た。
アスターかな?淡い桃色がなんともかわいらしいこと。

昨年の冬には、終わったダリアの球根を洗い乾燥させるのに、そのプロセスを少し早めようと「乾燥機」を使ったんだって。ソレが大失敗で、表面は乾いていたのに中はまだ水分が残っていて、冬の間に腐敗してしまい500万のロスになったって言ってた。Painful Lesson。

とにかく、彼女の想いや愛情、労力も全て注がれた庭だということが、花を見ていて感じ取れた。今はダリアとジニアのシーズン。コスモスもきれいにゆらゆらとしていた。色調が淡く、スモーキーなもの、ラスティックなものにまとめられている印象を受けた。とてもイキイキと美しく咲いていて、一緒に行った友だちと「見ていると催眠術にかかりそうやね」と言い合った。

春にはJさんの大好きなラナンキュラスが溢れるらしい。あぁ、見てみたい!今回、こうしてお庭拝見できたのは、その地区一体のサマーイベントのひとつだったからだそうで、普段はワークショップに参加したひとのみ見ることができる。

日陰の作り方も素敵だった。花はガンガン日が当たるのを好まないって。
可愛いアヒルたち!卵をうんでくれるらしいよー♪

夢のようなオーチャードで、あらためて、草花たちが放つ癒しと喜びのちからにどっぷりと浸かった。

このツアーのことを教えてくれた友だちは、オーチャードの一角にある小さなお店に作品(キャンバスバッグ)を置いてもらっている。その彼女の友人の陶芸家の作品も一緒に。二人の作品はどれもここの雰囲気にぴったりだった。

すっかり興奮・高揚してしまった。不思議と、家に帰ると眠気に襲われた。疲れたのではないのにあんなにも眠くなったのは何故だろう。冗談で言っていた「催眠術」にかかったのかもしれない。

ひみつの花園、見せてもらえて幸せな一日でした♪

折れたリンゴの老樹。

お題のまんまです。

朝起きてチューイと庭に出てすぐに気づいた。いつもと少し違う。庭の何かが少し違う。

すぅっと見渡して、どきっとした。

リンゴの老樹のメインの枝がぼきっっと折れていた。

痛々しくて見るのも辛いほどだ。

風が強かったわけでもない。おそらく、もう寿命なんだと思う。裏庭にある2本のヘーゼルナッツの樹と同じくらいの年齢だ、と言われたことがあるから、80歳以上だ。一番中心にある幹から3本の大きな枝が分かれて伸びていて、去年の秋、私が一時帰国中に一本がぼきっと折れた。そのときに、中心の幹の4分の1ほど(向かって後ろ側)の木肌もめりめりとめくれてしまった。

春先に、arborist(樹木医?専門家)のマイクに見てもらい、何か対処したほうがいいのかと聞くと、「この樹はもうかなり古いし、木々は自分でヒーリングする。生き延びれる強さが残っているなら生き延びるよ。」と言っていた。

やはり去年の秋のダメージもあったのだろう。それでも、ものすごい量のリンゴの実を付けていて、その重さに絶えられなくなってしまったというのもある。今年の乾燥のせいで幹に潤いが足りなかったというのも理由のひとつかもしれない。

午後、この折れた部分をノコギリで細く切った。痛々しい。

長い間たくさんの恵みをありがとう、という気持ちでいっぱいになった。

大きくなれずに終わったリンゴがいっぱい。

それを拾って咥えて走り回るチューイ。遊び道具が山程できた。

このリンゴの木、あと一本、枝が残っている。ものすごくアンバランスになってしまったし、その枝にもかなりの実がついている。この秋の収穫までたえられるのだろうか、と心配になる。

古い品種なので同じ種類の苗を見つけることはできないだろう。でも、来年の春には「裸苗」をひとつ買おうかな。それに実がつくのに3年はかかるかな。庭に果樹があると、楽園気分がアップする。笑 ので、一本迎えたいな。

おまけ:100日描くチャレンジ。今日は41日目。

庭に出てきて隣りに座ったチューイを描こうと決めたものの、この格好でいてくれたのはものの1分。頭と身体と、何かがおかしいけど。。。ま、いいや。

こうやって、少し集中するという時間をもてることが良い。うまくカタチをとらえられなくても、そこに想いを集中させれば良いと思う。今日はただの鉛筆で。

 

25年。

先週金曜日は25回目の結婚記念日でしたー。

いやぁ、私、よく頑張ってきました!という感じ!笑

なんてったって四半世紀やからね。生きてきた人生の半分やからね。

自身、思うところはたくさんあるけれど、「こんなにも長い年月一緒に暮らしてきた」のだから、コレは縁なのでしょう。笑 もう、なんか、笑うしかないよな、ってときも増えてきたから。

去年、トフィノへの旅が2度目のキャンセルになったとき、ちょうど結婚記念日だったのでレストランに行った。昔からあるところで、ハズレがない。食においてはコンサバな相方(冒険して色んなものを食べたり別のレストランを試したいと思わないタイプ)なので、同じレストランをぎりぎり予約した。

結果。そう、まず結果を言うと、アニバーサリーディナーに出かけて良かった。彼も楽しんでいたし、食事もとても美味しくて満足。ちょっとスペシャルな気分になれてとても良かった。

彼は鴨のコンフィ、私はニジマスのソテー。リースリングのドライな白ワイン。

デザートはクリームブリュレをシェアしてアメリカーノと。美味しかった!

そして。

ひとりで、また、「老いるとは」と考えてしまったということも事実。

前にも書いたけれど、相方は普段ひとりで出かけるということもない。社会とのつながりや、人と会うということが最低限だ。本人はそれでも寂しくないし、危機感を感じることもないらしい。なので、こんな風に「レストランに行く」ということでさえも、きっと一大イベントというか、微妙にストレスで微妙にパニックになるのかもしれない。五月に小旅行に行ったときにもそんな感じだった。

テーブルについても、何ていうのか、目がうつろというか「ここにいない」ような表情だったし、「このレストランに来るのはもう何年ぶりだろうね」なんてことを言っていた。「去年来たよ。」と言うと「え?ほんと?」と。それを2回ほど繰り返した。
ぼや~んとした感じだったけれど、ぼや~んと笑顔というか。ストレスを感じている表情ではないものの、ぼや~~ん、なのです。

結婚記念日だったし、あのときはこうだったね~、ということを言いたくもなる。でも、相方の返答は「そうだったっけ?」というもの。「そうだったよ。」と私が言う。覚えてないの?と聞くと、「うん、覚えてないよ」と明るく答える。そういうひとだ。

家に帰って安心すると、とたんにいつもの表情(目)に戻り、楽しかった!という彼。翌朝もその次の日も、一緒にレストランに行けて良かった、楽しかった、美味しかった、と喜んでいた。

私は、少し寂しい気持ちになった。というのが正直なところだ。

私が覚えていることと相方のソレとには大きなギャップがある。そういうことが増えてきている。25年も一緒に暮らしてきたけれど、記憶のズレは大きくなってきている。

数日前にサクッとお茶をした友人も、義母さんの最近の様子がとてもネガティブで、色々と考えてしまうと言っていた。「老い方」にも色々あるねぇと、ふたりで話していたところ。

私も、普通に歳を重ねていけば「おばあさん」になる。そのときには何かしら、誰かのサポートが必要になってくる。心穏やかでいられるのか、昔のあれこれにしがみつきながら老いるのか、「今」をただ生きていくのか。その友人とも、おばあちゃんになったら日本に帰る?という話にもなった。海外組は必ず考えることなんだろう。子供がいたら、ここが子どもたちにとっては母国であり、心理的な「根」も深いと思う。私には子供がいないし、やはり、老いて体が自由に動かなくなったりしたら、援助を受けやすい日本に戻るのかな。どうなんだろう。

。。。と、まぁ、結婚記念日に「おばあちゃんになった自分」のことについて思い巡らしたのでした。笑