海を超え

忘れないうちに、ぼちぼちと一時帰国の感想を書き留めておこうかな。

今回は一人での帰国だったので、前回のように東京周りではなく、直行で関空に向かえる便を使った。選択肢は一つ:バンクーバー・関空の直行便はエア・カナダのみ。エア・カナダのルージュっていうの。あぁ。。。エア・カナダ。

カナダの国際線を独占しているこの会社は、サービス改善や利用者に喜んでもらおうとする努力をしない。昔からそうで、今も変わらない。今回利用した「エア・カナダルージュ」はチケットが比較的安いって言われている。その理由は、絶対にあの「古い機体」にあると思う。座席の前にモニターはなく、シートもクッション地がぺったんこだし。肘掛けに付いてるボタンもすり減っているものがあり、何一つとっても造りが「一昔前」。ぼろい。今回、少し余分を払ってエコノミープラスにしておいて良かった!エコノミープラスのエリアはすいていて、私の隣は空席。二席使って足を少し伸ばすことができたものの。。。一つのシートのリクライニングボタンはこわれていて、95度くらいの角度から倒れず。二席前のひとの窓のシェルターは3分の2までしか閉まらず、ずっと眩しい光が漏れ続けていた。通路を挟んだ隣の人は、読書のためにライトをつけたかったみたいだけれど、これも壊れていてつかなかった。スチュワーデスさんは「あぁ、壊れているのね。一つ隣の席のは大丈夫みたいだから移動してくださいな。」と言っていた。よく、まぁ、このボロい機体が空を飛ぶものだ。

行きは11時間。出されたご飯は「なんすか、これ?」というようなもので、でも、何も持ち込まなかったので無理やり押し込んだ。一睡もできず。iPadにエア・カナダのアプリをいれていると映画を見れると聞いていたので、試しに見てみたところ、ほとんどの映画がカナダのもので聞いたこともない名前のマイナーなもの。面白くない。もっと映画をあらかじめiPadにダウンロードしておくんだったと後悔した。

ビクトリアからバンクーバーの20分のフライトで、隣りに座ったのは大阪弁を話すカナダ人だった。しかも、私のおばあちゃんが昔住んでいた最寄りの駅の近くに住んでいるらしく、自分も関空に向かうんだと言う。ちょっと変な大阪弁に、私はほとんど英語で答えていた。その彼が、日本行きの飛行機の進行方向右側の窓からみる景色が素敵だよ、と言っていた。

きれい。あんなところ、あんな僻地でも生活をしている人がいるんだな。

関空行きのフライトで学んだことを教訓に、帰りは:

  • セキュリティを通過したあと、おにぎりとお茶を買った。
  • 母に睡眠薬をひとつもらってきた。
  • モイスチャライザー付きのマスク持参。
  • アイマスク持参。

準備万端!

関空を飛び立ってすぐに見えた夕焼け空。この景色を見てすぐに、もぐもぐとおにぎりを2つ食べ、お茶を飲んで睡眠薬を半分。5時間寝た~!

9時間半~11時間の飛行時間でカナダと日本を行き来できる。長いようで短い。日本に降り立ってからの数日は、気持ちが着いてこない。上手く言えないけれど、心の中がもじゃもじゃとする。全てが日本語だから、ぼうっとしていても全て理解できるわけで、一度にどさりと情報が流れ込んでくる。そういうのの消化不良なのかな。家族や友達に会えて嬉しい、食べ物は美味しい、という感情とは別に、自分の中で置いてけぼりになっている部分があるような気がする。で、不思議と、言葉ではない「鳥の声」や「虫の声」が、妙に鮮明に耳に届く。とっても久しぶりに聞いた秋の虫の音(コオロギ?)が心地よかった~。嬉しくなって、「あっ!この声はセミ?!」って友達に言ったら、「蝉じゃないでしょう。。。」とつっこまれた。蝉とコオロギの鳴き声を間違えるほど久しぶりだった。帰って二日目に会った友達に、「帰ってきてどう?」と聞かれ、どうなのか上手く表現できなくて、「コンクリートが多いな。」って答えたっけ。今回は13日の滞在だったので、気持ちがいい具合に日本のペースに乗ってきた頃にまた「帰国」。

歳を重ねるごとに、家族に「ありがとう、さようなら」と言ってカナダに戻るときが辛い。今回も、妹二人と母が空港まで送りに来てくれたんだけれど、辛かった。いつも、今回こそは笑顔で「バイバーイ!」って言おうと思うのだけれど、「ほな、またね。」と言いながらうえぇ~んと泣いてしまう。歳、だよね~。

元気でいてくれる両親と近くでサポートしてくれている妹たちへの感謝の気持ちを抱えてビクトリアに戻ってくる。と、やっぱりほっとする。寂しさはあっても、心はもじゃもじゃしない。私には「このレベルの自然が、最低限必要なんだなぁ」と改めて思う。

一人で空を飛んでいるとそのときだけは、どこにも、誰にも、属していないような開放感を感じたりもする。そんなことないですか??たまに海を超えると色々と気づくし思うねー。

にほんブログ村 海外生活ブログ カナダ情報へ今日もご訪問どうもありがとう。
←ぽちっと One Click嬉しいな♪

夢とタヌキ

夢で。

みんなおでこに「きのこ」が一本生えていた。

りっぱなきのこで、色とりどりで。平均すると、「ドアノブ」よりひとまわり大きなきのこ。

わたしのおでこにも付いていたけれど、何色だったのか見ることができなかった。

***

タヌキ。

今日、仕事帰りに家の近くの道を一匹のタヌキが歩いていた。歩道と車道の境目辺りをそろりそろりと。

こんな明るい時間帯にタヌキが歩いているのも珍しいな、と、自転車のスピードを落として目の前を横切ろうとするタヌキをよく見てみると、彼の両目が真っ白に濁っていた。

「白内障?」 歩道から車道への少しの段差を小さな両手でとんとんと確認して降りていた。目が見えないのか。

朝も夜もわからないのかなぁ。彼には家族がいるのかなぁ。目が見えなくてもイヌと同じように嗅覚はいいからあまり不便はしないのかなぁ。不安かなぁ。

と、去っていくタヌキを見ながら心配してしまった。Gusも最近ちょ〜っと耳が遠くなっているような…

ちょっと迷惑なケモノも家族もみんな元気なのがいいね。

ぼぅっと漂い週間

今日の海は夏色だった。

波打ち際にふわふわと浮かぶ海藻にまみれながら、足の届くところで水浴びを楽しむGus。持病(?)の左耳の耳だれがあるので、あまり水遊びをさせたくもないんだけど、顔を上げてゆっくり歩くだけならいいか、と。こうして水遊びできるのもあと少しだもんねぇ。秋はもうそこまでやってきているのだし。

季節の変わり目だからか、なんなのか。ここ数週間はどうも「やる気」が起こらない。気持ちにも大波小波と流れがあって、のってるときと「つーーー」っとただ漂っているときがある。今はただ漂っているのだろう。ブログを書くのも「よっこらしょ」と重い腰をあげて頑張って書いている。ぼうぅ〜っとしていて文章が出てこない。落描きをしたいなぁ、という気持ちもあまり起こらない。ま、こういう時もあるのだからしばらく漂っていてもいいかと思う。

そうやってぼうっとしながら、久しぶりにiTuneで日本のアーティストの視聴をしていた。好きな大橋トリオさんの曲を9つほどダウンロードしてしまった。ぽちっとすればすぐに自分のものになるという、便利さが怖い。怖いよなぁ、と思いながらぽちぽちぽちと。新しい曲を自転車通勤の途中で聞きながら、あぁ〜、いいなぁ、彼の声は。。。とまたぼうぅ〜っとする。きっと、この光の変化のせいだ。一息に柔らかくなってベールのように漂いだした光のせいだ、と思いながら聞いていた。その中のひとつ、「くるみ」っていう曲がとても今日の光に似合っていた。

くるみが食べたくなってきた。

来週から新学期が始まる!静かなキャンパスもごった返す。クレイジー・セプテンバー。このやってくる大波に備えて、気持ちの準備をしているのかもしれない。

今週末は3連休! 庭の片付けは続きます。

奥のコーナーのコスモスと千鳥草たちも、もうそろそろ終わりかな。週末まであと一日〜。

にほんブログ村 海外生活ブログ カナダ情報へ今日もご訪問どうもありがとう。
←ぽちっと One Click嬉しいな♪

スーパーパワー

毎日「煙空」が続いている。そのせいか、なんとなく眠いしだるい。自転車に乗って帰宅すると、ずいぶん目がしみたし喉がいがいがした。昨日のリポートでは、現在ブリティッシュ・コロンビア州で565の山火事が起きていると言っていた。BC州の山火事の煙は国境を超えたシアトルの街も包み込み、今日の空気の質は中国やインドの大都市よりも悪いそうな。怖い。ある地域の木々は、お店で売られている材木よりもずっと乾燥しているんだって。消防員やボランティアの人たちは、現場近くで休みなく作業されている。大勢の人たちが避難を強いられている。ざざぁっと雨が降って火事の数が少しでも減るといいのに。

青空が恋しい。

月曜の朝の通勤途中では、「This American Life」を聞く。結構楽しみにしているポッドキャスト。先週日曜のテーマは「Superpowers」だった。一話目は、バーやパブでの会話の種に「空を飛ぶ(Flying)か透明人間になる(Invisible)か、どちらのスーパーパワーを選ぶ?」と聞いてみたら… というものだった。男性は「Flying」を選んだ人が多く、女性は「Become Invisible」が多かったそうよ。でもどちらにも共通していたのは、スーパーパワーを持っていてもそれを「誰かのために」使おうとはまずは思わないということ。コミックに出てくるスーパーパワーを持つ主人公は、大抵「ヒーロー」で、悪の手から愛する人を守ったり町や国を守ったりするけれど、一般人の私たちがそんなパワーを持っていても、まず思うのは「そのパワーを使って(自分のために)何をしよう??」なんだって。ある人は、「パワーを一つだけ持っていても、大した人助けなんてできないよ。透明人間になってもドアの鍵がなければ中に入れないとしたら?空を飛べても重いものを持ち上げたりできなかったら、一人で飛ぶことしかできないし…」なんて言っていた。一理あるな。

で、私だったらどんなパワーがほしいかなぁ~って思い浮かべた。一つだけ与えられるとしたら、どんなパワーが欲しい?

テレキネシス?だっけ?ものを移動できるっていうの。あれはいいねぇ。あれと同じで自分自身を瞬間移動できるっていうの、いいなぁ。でも、念じるのにすごく力が必要で、う~んう~んと念じているうちにタイミングをのがして大失敗、とか、移動したい場所に行き着かず、変なところに移動しちゃった… っていうのもありえる。マスターするのに時間がかかりそうだ。

人のため、世のため、のパワーなら… テレキネシスに似てるけど… もっとシンプルで、あまり念じなくてもいいパワーでさ、「呪文を唱えて指さしたものがアマガエルになる」っていうのが欲しい。
そして、どこぞの国でふんぞり返って大威張りで、世界の秩序をぶち壊すことに精を出しているプレジデントなどを指さしてみたい。

環境Undo」パワーなんかも素晴らしいと思う。 例えばある砂漠に立って「Undo」と唱えると、直径500kmの域の砂漠や大気が500年前のものに戻る。というパワー! これは使えそう!山火事もあっという間に消せちゃうかも!
でもこのパワーって、なんとなく、引き換えに何かを手放さないといけないかもしれないっぽいね。

本文と関係なし:大あくびするGus。

自分のために… というのなら、と考えた。色々とあると便利だろうなぁというパワーはあるけれど…

言語、オールマイティー」パワーがいいかな♪

人間の話す言語はもちろん、コンピューターの言語や他の生きものことば(?)も理解できて話せるパワー。対象の相手の「(聞いてもないのに)考えてることがわかるパワー」ではなくて、あくまでも、言語力を備えていて、それを使ってコミュニケーションができる、というパワーです。

おそらく、今まで見えていなかったもの考えてもみなかったことを発見するのだろう。森の中を歩いていて木々と話をしたら、彼らの嘆きがひしひしと伝わってきてたまらなくなるかもしれない。楽しいことばかりではないかもしれないけれど、世界が広がりそう。Gusと話もできる。話せなかったほうが良かった、って思うこともあるだろうけどね(笑)。

… とまぁ、ポッドキャストを聞いてから色々とスーパーパワーのことを考えたのでした。でもさ、ひとつだけ、自分のために、なら、やっぱりドラえもんの「どこでもドア」かなぁ~♡ パワーじゃないけどっ。

きみたち、どこにいくの?

にほんブログ村 海外生活ブログ カナダ情報へ今日もご訪問どうもありがとう。
←ぽちっと One Click嬉しいな♪