託されたミッション【夢】

久々に。夢メモ。さらっと飛ばしてください。

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グループに分かれてミッションを与えられていた。数名のグループもあれば、十数名のグループもある。
私のグループは私をいれて3人。

翌日からその与えられたそれぞれのミッションにとりかかることになっていた。
それで前夜祭があり、大きなドーム(?)、そうだセントラル・ステーションのような建物の広いスペースで「宴」が催された。温かなオレンジ色の証明とキャンドルが灯され、弦楽器の音が人の声の周りを漂っていた。色々な国の様々な風貌の人たちが集まり「Mingle」していた。Mingleというのは、知らない人どうし、自己紹介をして「Small talk」を交わすパーティ特有のソーシャライゼーション。

私はそういうスモールトークが大の苦手だ(現実にも夢の中でも)。他愛のない話を持ち出して会話を続けるのはもとより、会ったばかりの人が必要以上に面白く話しているのを聞くのも苦手で、目が宙で泳ぎだす。

それで、ひとりでデザートビュッフェのテーブルの周りをうろうろして様々なケーキを眺めていた。色鮮やかなケーキごしに、私のミッショングループの一人が立っていて、目が合った。

Looking good, aren’t they? と私が言う。

We should try some. と彼女が言う。

そうして彼女は5つほど、ケーキのスライスを大皿に乗せた。私も4つのせ、最後の一つをどれにするか迷っていた。モンブランがあった。丸い形のモンブランで、真ん中につやつやの栗。これに決まりだ。

大きな窓の側にもたれながら、だまってケーキを食べるわたしと彼女。誰一人として、明日からとりかかるミッションについて話している風ではなかった。

宴が開かれたのと同じ場所に集まった面々。前夜とは全く違う雰囲気が漂う。すぐ近くのテーブルで頭を寄せ合ってミッションの詳細を話し合っていた10人ほどのグループは、「生物学的見解を幾つかのアプローチで証明していこうではないか」というようなことを言っていた。

私のグループメンバーの二人のうち一人は現れなかった。

結局、前夜にケーキを一緒に食べた彼女と二人で与えられたミッションをすることになった。

私たちのミッションは。フィールドワークを含む。それがメインだ。私のパートナーの彼女はぴっちりとしたネイビーの上下を着て髪をひとまとめにしていた。

「運河の向こうから収集しよう」と彼女が言った。

何を収集するのかよく分からなかったけれど、とりあえず、「わかった。」と頷いておいた。

彼女は手に収まるほどの大きさの「機械」を持ち、片方の耳の穴にヒアリングエイドのようなものを詰め込んだ。そして私の方を向き、機械を軽く振って見せて「これは私に任せて。あなたは情報収集よ。コレを背中に背負って。」

と、

私に手渡した青いふわふわしたもの。

クッキーモンスターのリュック。???

「これ、現場での環境音を集めるの、ひとの話し声も含めてよ、それから全てのルート、あなたの歩く行程の様子、行動までも記録するのよ。背負って。」

言われるがままに青いクッキーモンスターを背負った。なかなか良くできているハイテクだな、と感心する。

外に出ると生温かい風が吹いていた。風の方角、風の温度も、クッキーモンスターは収録するのだろうか。

運河に架かる白い橋を早足であるき始めた。私のパートナーの彼女は、もうそこにはいなくて、でも、彼女のあの「機械」と私のクッキーモンスターがあれば、きっと大丈夫だろうと思い歩き続けることにした。

ももちゃん。

インスタに今朝、実家のブルドッグ・モモちゃんが突然旅立ってしまったことをアップした。

本当にあまりにも突然のことで、なのに、早朝、胸騒ぎがしてすぐにラインをチェックしたら妹からのメッセージが入っていた。

すぐに実家に電話をすると父が出て、辛そうに泣いていた。

一緒に暮らす動物たちは私たちの家族。ペット、っていうと余分にくっつけたもののような響きがするんだけど(ワタシ的には)、家族。そんな動物のファミリーメンバーは、大抵の場合、自分よりも先に旅立つ。

私も何度かお別れをしてきて、それぞれのわんこたちの「最期」に気付かされることがある。彼らは自分の死期をわかってる。わかっていて、愛する家族にきちんと「ありがとう」を言う。変な表現かもしれないけれど、その最期の姿が素晴らしい。モモも立派だった。

モモの最後の一日の話を両親と妹から聞きながら(インスタに少し書いたけど)、犬たちってニンゲンが想像している以上にニンゲンの言葉も想いもきちんとわかっているんだなって、再度思った。

母が、昨日、モモを病院に連れて行ったあと、「モモ、心配せんでもええで、ちゃんと面倒みてあげるからな。」って言うと、あの大きな目に涙をいっぱいためて母を見つめたんだって。

秋に帰ったときに会えるのを楽しみにしていたんだけどな。

モモ、遠くからだけど、お花送るよ。

「生きているあいだにポイントを集める」話

友だちから面白い話を聞いた。

ちょっと不思議な世界の話なんだけど、すとーんと腑に落ちた感があったので、みなさん、聞いてっ!

それは「臨死体験をした人の話」でね、そのひとは、大勢の人たちがあの世に行く前に、長~い行列に並んでいるのを見たんだって。

そこで何をしていたかというと。

ひとりひとり手に持っている紙をチェックしてもらい、「ポイント」もらってたんだって。そのポイントの数がみんな違っていて、死後の世界で使うことのできるものなんだそうな。

それが何のポイントかというと。

生きているときの行いによってもらえるもの、だからひとりひとり違うんだって。

ココは友人の話の引用:

普通だったら、「善行を重ねた人が良いところへ行ける」と思うでしょ?
でも、「何が良いことか」っていうのは、時代によって変わっていくでしょ?
なんなら戦争が正義だった時代もある。
だから、「良いこと」ではポイントが加算されないんだって。

じゃあ、何でポイントが加算されるかと言うと

新しい経験

なんだって!!

おおおおおーーー!

それはなんでもいいみたい。
新しい国に行くとか、新しい仕事に就くとか、結婚をする・離婚をする、というような大きなものだけじゃなくて、
普段の生活の中の小さな経験も含めて。例えば、いつもと違う道を通ってみるとか、新しい料理に挑戦してみる、いつも歩くところをスキップしてみる、髪型をがらりと変えてみる、新しい花の種を撒いてみるとか。
ちょっとしたことでいいんだって。

ココも友人の話の引用:

確かに、この世界に人間は「経験」をするために生まれてきたって聞いたことがある。
あの世では肉体がないので、「経験」が出来ないからって。

だから、とにかくどんなことでもいいので、新しい経験をすることがいいんだって!

なんだかね、おおお〜〜〜〜っ、なるほどなぁ!って感心してしまった。

子供の頃、みんな一度は「そんなことしたらバチがあたるで」とか「嘘ばっかりついてたら閻魔さんに舌ぬかれるで」とか「◯◯さんはみんなに親切やったから、亡くなったあともええとこ行きはったわ。」とか、言われたり、聞いたことがあるよね?

良い・悪いのモノサシではなく、この世界に存在している間に「なにか新しいことを試してみる」ということが「ポイント」につながる、それが生きていることの意味でもあるのかなぁ〜って。とても新鮮な視点で、腑に落ちた。

私の年齢にもなると、毎日が同じようなことの繰り返しで、楽なことに甘んじてしまったりする。年齢に応じて直面したりかぶさってくる「チャレンジ」はあるけれど。きっとそのチャレンジも「新しいこと」なんだろね。

ちょっと新しいことをしてポイント稼いでおきますかね、って。毎日なにか一つ、小さなことでいいので、新しいことをしてみる、いつもとは違うやり方でやってみる、考えてみる、っていうのも、ちょっと楽しいかも。

みなさん、どう思います? 笑。