お土産・買いもののはなし【つぶやき】

お土産に一体何を買ってきたのか。。。

スーツケース2つ(普通の大きいサイズと小さいのひとつ)あったものの、計画不足感が残った。笑。

持ち帰り用お土産(自分用)は、日本に着く前にリストアップするなりオンラインで買って自宅に送っておくべきだった。母が前もって聞いてくれたので、そのときにはパッと思いついたもの(いりごま、出汁、きなこ、乾燥米麹、塩昆布、すし太郎など)は頼んでおいた。いつもはもっときちんとリストを作るんだけど、今回はぎりぎりまで「家のこと(チューイと相方のため)」を整えるのに忙しくって、買い出しリストまで手がまわらなかった。よって。。。あーー!あれも買ってくるべきだった!というものが今になってでてくる。

でもまぁ、そんなものも、なければないで暮らせるのです☆

ひとつ大失敗したのは、本のリストを作らなかったこと

せめて、アマゾンの読みたい本リストに入れていたものを注文しておくべきだった。それと、最寄りの駅の近くにあった大きな「ツタヤ」がなくなっていたのが大きな痛手。わざわざバスや電車にのって本屋さんまで行くのが面倒で。はー、大失敗。最後に成田空港の小さな本屋さんで、適当に文庫本を数冊手に取り、なんとか好きな「暮しの手帖」も買うことができた。That’s it! 今はキンドルで本も買えるけれど、キンドル本になっていないものもあるし、やっぱり紙の本で読むことは贅沢な娯楽。

他。買ってきたものというと… ひじきなどの乾物少し、ふりかけ、海苔、梅干し、お菓子、犬用煮干し(大袋)、相方の湿布薬、台所用品(油はね防止用ついたて?、お布巾)、洗濯バサミ(大小)、靴洗い用のたわし、自分用の下着、靴下、薬数種など。。。ハイカラなものはなく、いたって日用品。

そうそう、日本の基礎化粧品は肌荒れせずに安心して使えるものが、お手頃価格☆ なので、よっし!と気合を入れて駅前の大きなドラッグストア「コクミン」にも足を運んだ。

結果。。。友だちに頼まれていた化粧品だけを買って、自分用には一つだけ「イソフラボンアイクリーム」。笑。とにかく、選択肢が多すぎて、良さそうなものがありすぎて、わけがわからなくなったのです。陳列棚の前に立ち、うーーーーん。行ったり来たりしながら、うーーーーん。エリクシールとか、確かどこかで「良いよ」っていうレビューを読んだけど、どの色の容器だったっけ。。。?と。結局、「もう、わからんっ!ええいっこれだ!」と、手に取ったのが「イソフラボンアイクリーム」。なんだか「豆乳アイスクリーム」みたいだな、これはカナダにないじょ、って思って(←その理由よ)。後でレビューを読んだら、まぁまぁ悪くはないようだったので、使ってみることにする。

いやぁ、しかし、日本のドラッグストアはすごいなぁ。コクミンも、コスモスも。

あれもこれも飲んでみたくなる。

選択肢が豊富。びっちり、余白なしの陳列棚。お手頃価格。ドラッグストアなのにお酒もあるし。

コスモスは九州に拠点のある大型ドラッグストアらしい。お酒も野菜も冷凍食品もあった。ものの多さに圧倒されながら通路を歩いていて、また「異次元」を感じてしまった。他のスーパーやホームセンターとはまた違った、自分的にちょっと異質ななにか。

で、気づいた。「蛍光灯の白い灯り」と、それに照らされたモノ、店内放送。あれは落ち着かないと思う。でも、あの手のドラッグストアにはあの照明とあのトーンの放送が効果的なのかもしれない。照明を柔らかくして、小鳥の声や虫の声を流しても、購買意欲をそそらないのかもしれない。

一番下の棚の「とろけるカレールー」はこっちでも売ってる。4倍強の値段で。

まぁ。お買い物に関しては、次回はもっと念入りにリストを作っていこうと心に決めた。

でさ。どうでも良いことなのですが。

家族に「グミ、めっちゃ好きやねん。日本のグミはフレーバーが濃くてほんま美味しいよな〜」って呟いたら。

お土産にグミをいっぱいもらった。笑。

相方はアポロが大好きなので、アポロもいっぱい。

最後にちょっと空いていたスーツケースの隙間にも、ラーメンとかレトルトのカレーを母が詰め込んでくれた。有り難いです。

一時帰国するときには、何をお土産に持って帰ればいいのかといつもものすごく悩む。こちらにあるものは、大抵なんでも日本で手に入る。それに、お土産文化というものがこちらには存在しないので、お土産向きなものやお土産サイズ(小袋とか)が無い。こんなのもらっても嬉しくないよなーっていうものばっかり。それに引き換え、日本のお土産商品の充実ぶりといったら!お土産として作られたものでなくても、十分に「ちょっとしたギフト」になり得るものがあふれている(←ここでもまた、うーーーん、何にしようと悩んだ)。

あ、そうだ。友だちがブログで「アメリカの靴下のクオリティが低い。」と書いていた。
そう、そうなのよ。靴下。すぐに穴が開く。決して安くはないのに。まぁ、私の履き方が「荒い」というのもあるけど、それにしてもワンシーズンで穴があくってひどくない?綿の質が低いんじゃないか。私も日本の靴下大好きで、今回も幾つか買ってきた〜。靴下のお店なんて、見ていて飽きないほど楽しいもんなー、ジャパンは!

妹が買ってくれた。可愛すぎて食べれない。

とにかく。かわいい、おしゃれ、素敵、ときめく、うっとりする、モノが日本にはあふれているなぁ〜、相変わらず。もしもっと長期間日本に戻ったら、しばらくそういう素敵なモノにかぶれてしまうかな。素敵だな、便利だな、って。いや。。。モノよりも、やっぱり食にときめくだろうなー、わたしは。ちょっとしたお惣菜などが簡単に手に入る、っていうのが本当にうらやましかったもん。

随分まとまりのないつぶやき「お土産ばなし」になりましたー。笑。

再会:高校友だち

帰国中に懐かしい再会があった。

そのひとつが「高校友だちとの再会」!

いやぁ。。。感激した。

この日会えたのは4人。その中のM子とChoさんとは高校卒業以来初めての再会!…32年ぶり。よね?
32年って。。。それって、その中にもう一つ人生を作れそうな長さ(よくわからん表現だけど)。

そしてあとの二人、NちゃんとAちゃんは、私がここで学生をしていたときに一度遊びに来てくれているので、25,26年ぶり。とにかく、みんなみんな20年以上ぶり。

そりゃ、集まったら騒ぐわな。

6時間じゃ足りんわな。笑。

若い頃の、自分の10代を知ってくれている友だちって、50になってから再会しても「あの当時のまま」なんだなぁって、しみじみ思った。

Aちゃんとは、いつも通学で乗っていた電車(名前は変わったけど)で落ち合って一緒に待ち合わせの駅まで向かうことにした。「あたし、カワチイワフネで乗るから、合流しよ!3両目な!」「わかった、3両目やな!」って。

もうね、カワチイワフネの駅に電車が到着するときのドキドキといったら。駅のホームにAちゃんが見えたときの感動といったら。

まったく変わらない彼女。ふたりして声を押し殺しながら「うきゃぁーっ!!!」って大騒ぎしてしまった。何から話せばいいのかわからなくて、思いつくことをお互いに鉄砲玉のようにうち放った。そんな中に、「ちょー、Aちゃん、見てーや、さっきまでズボンにカメムシついとってん!最近のカメムシはこんな緑やねんな〜!」

こんなどうでもいいことまでも話したくなるのが、旧友?

みんなで6時間過ごしたのは、Choさんが見つけてくれた「お部屋」。1時間いくら、で、アパートのひと部屋を借りれてしまうっていうサービス。そんなのがあるんだねー☆ キッチン、バスルームも付いたワンルームマンション。そこにテレビもソファーもあり、入室したときに写真を取り、出る前に掃除もしてはじめと同じように戻し、ゴミはきちんと集めて捨てるところまでして終了。日本人客だからできてしまうサービスなのだろう。もちろん日本人でもきちんと掃除しない、時間を守らない客もいるだろうけれど、同じことを北米でやったら「ルール違反客」に追加チャージを請求するのにくたびれてしまいそう。

みんなで「ドンキ」というところでお菓子や飲み物を調達。私にとっては「初・ドンキ」。ものの多さと眩しい明かりと音と「余白のなさ(?)」に目が回りそうだった。さくさくとお買い物をしてくれていたみんなを、一歩引いたところから眺めながら、「いちいち目を回していたら生活していけないんだろうなぁ。」なんて思った。

あっという間の6時間。その中で、おそらく、いっっっち番盛り上がったのは「卒業アルバム閲覧」タイム。笑。

ほんま。笑えた。久しぶりに涙が出るほど笑った。涙出たっ。

私たちも高校生だった。先生にあだ名を付け、キャラクターの濃い先生たちのエピソードをあれこれと思い出し。Aちゃん、Nちゃん、Choさん、M子の話を聞いていて、自分がすっかり忘れてしまっていた記憶が色鮮やかに蘇ってきた。すっこーーーんと抜け落ちている記憶なんて、たくさんあるんだろうなって気づいた。

そういうちいさなエピソードが、いちいち懐かしくて面白くて。今あらためてアルバムを見ると、高校生の自分たちや、あまり仲良くなかった子たちもふくめて、みんなかわいい。男の子たちもかっこいい。あのころの私って、本当に「もさっ」としていて「お団子」のようで、よく見ると当時から「アンパンマン」で、男の子にモテるタイプの女子からはかけはなれ過ぎてていた。でも、今もし当時に戻れるなら、もっと色んな女の子や男の子たちと話がしたい。きっと楽しいと思う。

今回、こうして懐かしい高校の友だちに会えたのは、夏に同窓会があったからなのです。私はもちろん行けなかったけれど、企画をしてくれた人たちのFacebookに友だちの名前があがって。今までずっと「どうしているのかなぁ」って思っていたけれど、連絡先も分からずにいた。で、偶然、その同窓会をきっかけに連絡がとれてねー。帰国中にこうして再会できたのでしたっ。

アルバムの思い出の1ページより。

↑↑「だげら」というのが私。笑。他のみんな、今どこでどうしているんだろう。

高三のときの学園祭は「ローマの休日」。ローマの休日にピエロなんて出てこないんやけど、みんな出場っていうルールだったような気がする。当時の学祭の演劇は、それぞれ熱演だった!そんな青春のかたちが懐かしい。

時間を作って合ってくれて、ありがとう♡ 笑わせてくれてありがとう〜!ほーーーんっっとに楽しかったです!

次に会えるのが今から楽しみだな♪

父の畑

父の健康のためのビタミン剤、とも言えるのが「畑仕事」。

畑に出向かない日はないんじゃないか、多分。夏のクソ暑い日々は、日が昇る前に電動自転車に水をのせて出向いていき、気温が落ち着いてくると、午前中何時間か過ごしたり、一日に二度出かけたり。

その証拠に、父の首は日焼けでダークチョコレートのような色をしていた。焼けたら戻らない肌質(←これは私も。父譲り…)なので、どんどん黒くなるみたいで。「学童」のボランティアをしていたときに、小学生の男の子に「首、焦げてんで」って言われたらしい。笑。

一時帰国するときには、いつも畑訪問しにいく。この日は薄曇りでちょうどよかった!でも、いきなり蚊に刺されたっ!

今シーズンが初めて(一年目)のこの畑。畑や庭って、まる一年付き合って、ようやく土の状態とか日当たり(日の当たり方)などがわかってくる。今年はトライアルだったみたいだ。

家から歩いて15分ほどの、使われていない畑の一角を借りている。去年、母がゴンタの散歩をしていたときのこと、ゴンタのことをかわいいと言ってくれた畑おじさんがいてね。おじさんが育てた野菜を「持っていきなさい」って言うので、母が「我が家も畑を◯◯で借りて作ってるんですよ〜」って答えたんだって。そしたら、そんなところで借りんと、そこの空いてるところをつこたら(=使ったら)ええ。ただでつこたらええねん。使わんと税金ようさんとられるさかい。。。というような話になりまして。家から近いし借り賃も無しというので、お言葉に甘えて使わせてもらうことにした。まぁ、無料といっても気持ちもスッキリしないので、モノなどでお礼をするらしい。

今はきちんとした畑になってるけれど、最初は「草ぼうぼう」で土を返して畝を作るところから始めた。その作業の大変さくらいは私にもわかるので、よく頑張ったと思う。

日当たりは良い。けど、風当たりも良い。水は、この一区画の北の方にため池があるものの、池の淵がかなりの急斜面なので、一歩滑ると大変=使えない。それで、雨水をためて使ったんだって。今年は雨が少なかったので、家から運んで水やりをしなきゃならなくて、それは一苦労だったみたいです。前に借りていた畑は「畑」として貸し出されていたし、水田の一角だったこともあり、水路があった。来年も今年のような水不足だと、なにか対策をしなきゃいけないなーって言ってた。

気温が少し下がり少し雨が降ったりしたので、今頃になって、夏よりも大きなきれいな茄子が採れていた。

万願寺もピーマンも。風でたおされたゴーヤは、地面に張っていて、そんな状態でも実をつけていた。

母は畑のゴーヤとちりめんじゃことカツオでたくさんの佃煮を作ってたよー。冷凍して取っておいてくれたのがあり、私も持って帰ってきましたっ♪

水不足で苦戦したものの、夫婦ふたりでは食べ切れない、、、すごい量の野菜が採れ、近所に住む妹夫婦たちやご近所さん、母のジムの友だちなどにももらってもらうんだって。野菜も値上がりしていたので、好きな人には喜ばれるみたいです。

採りたての野菜は生でかじっても甘い。お茄子もいっぱい食べさせてもらった。とぅるるんとして本当に甘かった〜。こういう小さいピーマンはカナダにはないし、そのまま生でサラダに入れてもぱりっとして美味しい。はぁ、近くだったらじゃんじゃんもらえるのに!

冬野菜の準備も始まってるはずなんだけど、「大根が調子良く育ってたのに、数日前に全部しおれてしもたわ」って、父が悔しそうだった。どうも水が足りていないところに肥料を多めに入れてしまい、根が焼けたっぽかった。毎年野菜を育てていても、その年の気候や、新しい土壌や環境で、うまくいかないこともあるんだねー。

父と母とゴンタ。良い風景。

みんなずっと元気で、こうして畑の野菜をたくさん育てつづけてほしい。