終わりの花。

花の終わってゆく姿も好きです。

花瓶にさした花の中には、とてもきれいに枯れていくものがある。

全部が全部そうじゃない。同じ種類の花でも同じように枯れていくわけでもない。わたしが好きなように枯れていくときには、何かしらの決まった条件がそろっているからなんだろう。

咲いていたときの色合いが凝縮される。透明感を失って、ハードパステルのような。ぱりぱりとした花びらもきれいなのです。

ドライフラワーとして作られているドライフラワーは、昔から好きじゃない。今もあまり好きじゃない。

おしゃれなカフェなどの壁や天井(?)から吊るしてあるのをみると、その場所の雰囲気には合っていて素敵なんだけれど、どれもほこりをかぶっているようで、くしゃみが出そうな気分になる。

でも、花瓶の中で忘れられて枯れていったものたちには、たまらなくきれいなものがある。

指でつついたら花びらがはらはらと落ちてしまうかもしれない。

ほんの少しこの姿を楽しんで、コンポストに連れていくんだけどね。

秋も終わりにさしかかり、散歩道や庭のあちらこちらで「終わりの美」を目にする。

*おまけのDoodle:そばかすりんご

この間の投稿にアップしたリンゴも、よくよく見るとそばかすがありまして。

マーケットを終えてから少々燃え尽きた感を感じていたので、久しぶりのDoodle。どんなものでも、書く・描くと自分の外に現れて(当たり前だけど)、それを目で見て(読んで)「Hi、nice to meet you.」と挨拶(?)するとちょっとうれしくなる。そんな風に感じることありますか?

終わりの美しさ

水仙のドライフラワー。

ドライフラワーを作るつもりはなく、ただ水がなくなってそのままにしておいたら、とてもきれいな姿が残った。

同じことをしても、いつもこういう風にドライになるとは限らない。咲き終わったあと、少しずつ頭を下げてしぼんでしまうものもある。そうなることの方が断然多い。なにか特別な条件がそろったから、こうして「ミイラ」のようになったのかも。

凝縮された美しさ。

*おまけ:ラバランプ

オフィスの机の隅に、古いラバランプがある。職場を離れていった同僚が残していったもので、すっかりホコリを被っていた。まだちゃんとぷくぷくと「ラバ」が動くのかなぁと、昨日の昼休みに電源を入れてみた。

動いた。

20分ほどするとラバの動きがすっかり滑らかになり、試しに動画を撮ってみたら見入ってしまった。

取りつかれたように。笑。

Goodies#95: 喜ばしいもの

ちょっとしたことや小さなものに、自然に顔がほころぶことがある。

連休前の金曜日。家に帰ると、食卓の上にドライフラワーが生けてあった。

ドライフラワー

プレースマットも「秋色」のものに変わっていた。いいやん、これ。

にっこり。

今週は「整理整頓の週」と決めたのか、相方は、先日の「冷蔵庫の掃除」に引き続き、今日は戸棚の整理に精を出していた。

テーブルクロスとかナプキンとか、買い置きの電球なんかを「ほうりこんである」戸棚。ものがものの上に重なり、押し込まれ、何が片付けられているのかも全くわからない状態になっていたスペース。

全部のものを、外に引っ張りだして、整頓しなおしたようです。そのときに、存在そのものを忘れられていた「古い花瓶」とドライフラワーの残りを見つけたらしい。こんなプレースマットがあったの、私も忘れていた。

戸棚に戻してもらえず、行き場を失ったものたちは、今も床に散乱しています。そして、この「散乱状態」が「絶えられない」性格の私。みゃぁおー。(←怒る猫)

でも、まぁ、それは週末に片付けたらいっか。と。

ドライフラワー

これ、なんていう「草」なんだろう。雑草だろうか。薄く色がつけてあって、ちんちろりんとかわいい。

週末です。