救急救命士の夜【夢】

久々に(?かな?)。夢の話。

***

救急救命士(パラメディック)の私は、その日は夜勤で病院で待機していた。『今夜は比較的ひっそりとしているな』と、ぼんやりと思ったその時、緊急連絡のランプが光った。同じシフトの同僚と救急搬入口の方へ急ぐ。

「次の患者は?」と同僚に聞く。

「男性。24歳。交通事故だってさ。ひどい事故だったみたいだよ。」と答える彼。

救急車が到着し、ドアが開く。患者が降ろされてくるこの数分は、いつも少し気が張る。何年同じことを繰り返しても、この瞬間は心拍数が上がる。

担架で降ろされた患者に駆けつけた。

その患者はペパロニ・ピザだった。

トッピングであったはずのペパロニサラミは、ピザ生地から全てずり落ちていた。

ペパロニのなくなった部分のピザ生地は、うすく広がったトマトソースの色とぬるりとした少し柔らかい質感のせいで、妙に生々しく痛々しくもあった。

ペパロニサラミをのせてあげたら痛みはとれるだろうか。どうだろう。

***

 

「徳」を彫る【夢】より

もう1ヶ月ほど前のこと。ちょっと不思議な夢をみた。

ブログのお友達のafricaさんへのコメントには書いたのだけれど、夢にafricaさんの旦那さま(パパさん)が出てきたのです。
私はafricaさんにまだお会いしたことないし、パパさんのことは、ちらりちらりとafricaさんが話されている限られた情報を寄せ集めて勝手に想像しているのみ。なのに、突然、とても当たり前のようにはっきりと私の夢に登場されました(笑)。

夢の中では、わいわいがやがやとみんなが集まっていた。一緒にご飯を食べていたかも(ポットラックみたいなかんじで)。私はごはんをつつきながらヘラヘラと他愛のない話をしていた。すると斜め前に座っていたパパさんが、私にぽつりと一言:「真剣に絵やイラストを描く仕事をすればいいんじゃないの?」って。で、「描くのは好きだけど、いつも描きたい気持ちがあるわけじゃないし、◯◯をテーマに描いてっていわれてそれに応えるように描けるかどうかわかんないです。好きなモノを好きなように好きなときに描いてるだけだから」って答えた。

そしたらパパさんが「それは全く負の連鎖だよ。そうでしょ?」って。私が答えに困って「はぁ。。。」ってもじもじしていると、パパさんが私にこう言ったのです。

という字を彫ればいいよ。全てはそこから始まるから。」って。

そこで目が覚めたのでした。

ちょうどこの夢を見たあたりに、africaさん一家はタイの小さな島を旅されていて、タイムリーにアップされていたブログにパパさんや息子くんも登場していたし、africaさんはゆっくりと流れる時間を使って木彫りをされていた。そのことがこの夢をみたきっかけだったんだと思う。でも、「徳」っていう字を彫れっていうのはかなりランダムな提案だった。

でね、言われたとおり彫ってみることにした。

海岸で流木のかけらを拾ってきて、昔々の彫刻刀を引っ張り出してきて。

徳という字は「てん書体」を選んだ。

週末に少しずつ。そして、先週末にやすりをかけた。

この彫刻刀ね、実は小学校4年か5年のときに父が買ってくれたもの。図工で木版画をすることがあって。6年の時にはお面を彫るのにずいぶん使った。わざわざ一本一本に名前まで書いてくれた。それからずいぶんたったし、引っ越しだってしてきたというのに、まだ持っている自分にびっくり。上海にいたときも、カナダで学生をしていたときも持っていた。でもこうして引っ張り出してきて実際に何かを彫ったのは…うん十年ぶりかも。切れ味もずいぶん悪くなっちゃってるんだけど、彫刻刀がこんなところで活躍(?)するとはねー。

相方が「何彫ってるの?」って聞くので、いきさつを説明したところ「ふーん。面白いね。ナイス。」って言っていた。私が、彫り上がったのを見せると、今度は「What Now?(で、どうするの?)」って。

Nothing. と答えた。どうもしない。

全てはここから始まる、のか?(笑)

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目隠し寺【夢】

久しぶりに変な夢より。

私は一時帰国をしていて、友人とお寺めぐりをしていた。最後に訪れたのが「目隠し寺」というところ。

お寺のお堂の中に入るときに幅が10cmほどの「帯」を渡される。靴を揃えたら皆、目隠しをしなければいけない。廊下は一本で途中に大きな部屋があるらしい。ただただまっすぐゆっくりと歩けばいいので目隠しをしても大丈夫です、と説明があった。

お寺の本堂が大抵そうであるように、この目隠し寺の本堂もひんやりとしていて、遠くでお線香が焚かれているにおいがした。

はちまきを巻くように帯で目を隠し、友だちとゆっくりと歩き始めた。目の前はもちろん真っ暗で、そろりそろりと前を行く人の足音について私も歩いた。

目隠し寺の本堂をこうして歩くと、「本当に見るべきものだけが見える」そうな。その時の自分が見るべきものがあれば、目隠しをしていても見えるんだって。

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鮮やかな色だけが見えました。

この後、「お澄まし」をいただいた。黒いすりごまが大さじ2ほどはいっているお澄ましで、これがなかなか美味しかった。

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