ビクトリアに戻ってから一週間と1日。なんて早いんだろう!
膀胱炎の症状がひどくなり薬をもらい、加えて1年以上ぶりに風邪をひき、どうもまだスッキリしない。でも、ちょっとぐったりしたせいで時差ボケを感じることはほとんどなかった。
昨夜、ようやく撮った写真を大きく分類できたので、自分の記録としてここにアップしておきたい。
振り返ってみても、私の一時帰国の一番の目的は「家族と過ごす時間」だ。私にとっては「離れているから」というだけでなく、年齢的にも両親も歳をとったので、一緒に過ごせる時間は何にも変えられないものだ。幸い、ふたりの妹たちは実家の近くに住んでくれている。私が帰国すると、時間の許す限り集まってくれたり、今回も小旅行やBBQを企画してくれた。すごく嬉しいしありがたい。

盛りだくさんな2週間の中で、じんわりと幸せだなぁと心に沁みたのは、何でもない「日常の風景」なんだなぁと思った。
きれいになっていたけれど、↑↑これは通学路。中学の頃、友だちと「ブルマ姿」でここを走って帰ったことがあった。制服が雨に濡れるのが嫌だったからだ。若いってすごい。ブルマってパンツよね。笑。ときどき「へんなひと(露出狂)」が出たりもしたっけ。だから絶対にひとりでは歩かなかった。いつでも全速力で走れる体制(?)だった。この道をずーーっと石蹴りをして歩いたこともあった。
父には毎朝のルーティーンがある。夏の間は5時前に起きて畑に行き、ささっと帰ってきて犬の散歩。そして朝ごはん。トマトジュースにお酢を入れたものを飲みバナナを一本食べ、そのあとトーストとコーヒー。犬たちもおこぼれをもらう。
さささっと床に掃除機(ダイソンみたいなので)をかけた後、小さな庭の植木たちに水やりをする。家の周りをホウキで掃く。
週に2〜3回は子どもたちの登下校の「見守り隊員」として定位置に立つ。
身長が縮んだなぁ〜と思いながら眺めていた。
母は難聴が進んでいて、聞こえづらくなっていた。電話だったり、正面から話してもらうと大丈夫なんだけれど、男性の声や大勢の中での会話は響いてしまってわからない。聞こえにくいだけでなく自分の声も響くらしく、そのせいで補聴器も使えないらしい。おしゃべり好きな性格なのに聞こえないのは辛いだろう。父の声はとくにわからないらしく、そのせいでお互いにストレスになっていることも多い。なんとかしてあげたいのだけれど、、、良い方法が見つからないでいる。
私の滞在中は「食べたいものないか?食べ忘れてないか?」と何度も聞いてくれて、せっせと私の好きなものをこしらえてくれた。50も過ぎてから母にこんな風にあれやこれやとご飯を作ってもらえるなんて、幸せだ。
母は小学生の頃から店の手伝いをしていた。お好み焼きもたこ焼きも焼いていた。この日のお好み焼きにはシーフードミックスも入っていて山芋の粉でふかふかで、めちゃくちゃ美味しかったー!
ふたりとも、まだまだ活動的で頑張っていてくれて、ありがとう。健康でいてくれることがなによりの贈りものです。
日常のシーンを少し動画で♪















