スケッチブックチャレンジ by Emma Carlisle

日本から戻ってきて一息つき、少し自分のペースを取り戻そうという気分。秋が深まり、もう冬の入口。自然と意識が外から内側に向く。

お題の写真。かわいい♪

同時に、またゆっくりのペースで手を動かしていたい、「アナログで描く」ことを再開したいという気持ちも出てきた。大きな絵を描こうというのではなく、ただノートの端にDoodleするでもよし、今日の日記に挿し絵をするでもよし。iPadに描くことはあっても「紙に」というのがしばらくなかったので、今少し気分が高まっているときに始めようと。

2週間ほど前にイラストレーターのEmma Carlisle さんのインタビューを聞いた。偶然目に止まり、昼休みに聞いてみるとますます紙に描かれた彼女の作品に温もりを感じた。エマさんは有名なイラストレーター・絵本作家さんだけど、トークはとてもオープンで温かそうな人柄も伝わってきた。彼女自身、イラストレーターになる以前、描けなかったときやメンタルに病んでいたときにとにかくスケッチブックを持って外に出て描いたと言っていた。その当時のスケッチを見ると、徐々に作品が生き生きとしていくのがわかった。

そのエマさんのオンラインコミュニティを見つけたので登録。昨夜早速、20分ほどのスケッチチャレンジに挑戦してみた。

一枚の写真(ヘザーの花畑に白い牛が寝そべってこちらを見ている)を見て手を動かす練習。それぞれ2分。

  1. 写真だけを見て手元を見ない、ペンを浮かさない
  2. 手元を少しだけ見ても良い、ペンを浮かさない
  3. 利き手ではない手を使う
  4. 二本のペンを使う:
    左右で違うモノ・エリアを描く・左右揃えて同じモノを描く・片方でライン片方で面(塗る)
  5. 2色のペンを使う:ラフスケッチとラインドローイング
  6. 立って描く

順番に見てみて〜。

1.

2.

3.

4.

5.

6.

手元を見ないで一筆描き、というのは、以前にもときどきやっていた。ぐちゃぐちゃになっても集中して見るという時間が好きで。左手を使うというのもやったことがある。4~6は初めてのチャレンジで、これもとてもおもしろくてそれぞれに発見があった。

見える通りにそのまま写生するのが目的ではない。手元ばかりを見るというのをやめると、自分が視覚的に受け取っているものを自分というフィルターを通してただ落としていく、という「過程」を楽しめるし、そこに発見があると思う。

これはAIにはできないこと。笑

少しこの練習をして「ほぐす過程」を楽しんでみよう。

秋だからぼぅっと考えてつぶやく

最低気温が8度だから、通りで朝晩は冷えてきたわけだ。今朝は少し厚めの自転車用ジャケットを羽織って通勤。もちろん手袋も。ひんやりの朝の通勤路では目が覚める。「みなさん、おはようございまーす!」と叫びたくなるほど爽やか(叫びはしないけどつぶやきます)。

平凡な毎日がとてもありがたい。

水曜日はランチタイムに瞑想がある。この集まりをまとめてくださっているヘンリー先生が、いつも20分の瞑想の前にほんの少しだけ話をされる。堅苦しいものではなく、天気のことだったり、庭や草花や野菜の話だったり、先生の何でもない一日の一場面についてだったり。今日は、瞑想を続けていくと、色んな雑念や感情にたいして「テフロン加工のフライパン」になったように感じるときがあるよ、っていっていた。雑念や感情が浮き上がってきても、フライパン(自分)にくっつかず、ひっくりかえしたらつるんと落ちてしまう、という感じだって。執着しない、考え事や心配事、喜びや怒りや苛立ちにとりつかれたり、そのものになってしまわない、浮かんできても表面でつるん、ってそんな感じなのだろう。

私はテフロン加工のフライパンを経験するよりも、起きているのか寝ているのかわからないような状態のことが多い。瞑想を初めて最初の1,2分はあちこちに飛び散っている思考や感情がイメージになったりもする。今日も最初に青いふわふわしたボールが見えて、その後、ポップコーンの紙袋が浮かんで、その紙袋のしゃきっとした質感と折り目に好感を持った。静まってくると少し意識が飛んで眠ってしまっているかも。そしてしばらくすると、自分の両手が心地よく重たくなり、膝に溶けていくような感じがすることもよくある。

瞑想をするときのようにゆっくりと鼻呼吸をしながら海を眺めていると、この水面を歩けるような気がしてくる。わかる?その感じ?

今日は散歩途中に2匹のかわいいにゃんこに出会った。

Gusは静かにしていたものの、仲良く歩いているところをじゃましてしまってごめ〜ん。 黒猫ちんはとても警戒していて、向こう側のシャム猫(?)はGusに興味深々。少し離れて見ていると、その子、ゴロゴロと喉を鳴らして近寄ってきた〜。私一人だったら挨拶できたけど、Gusがいたから遠くから「ごめーん、今日は無理〜」と言っておいた。猫アレルギーあるけど、にゃんこもかわいいな。

おまけのスケッチ。

いいお天気が続くといいなー。

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100枚の絵を描くプロジェクト・3枚目

ブログのお友達の umiさんが、少し前に「100枚の絵を描くプロジェクト」を紹介されていた。umiさんはまだ小さな赤ちゃんのいるお母さんで、きっと自分の時間というものを作るのもとても難しいのだろうけれど、絵を描いたり、文章を書いたり、展示にいかれたりワークショップに参加して彫刻されたり、限られた時間の中でとても積極的に、でも無理のない範囲で「想像・創造」されている。その姿勢が素晴らしくて、いつも刺激をもらっている。

umiさんが「横尾忠則さんの言葉」(下に引用)を味わい思いついたのが、100枚の絵を描くプロジェクトなんだって。

「絵は1枚描くと1枚出来る。描かなければ1枚も出来ない。もし100枚描くと、描かなかったはずの100枚の絵が見れるんだから、やっぱり描こう。陽の目を見ない絵が身体の中にいっぱいあるらしい。それが出たがっているはずだ。」

 

その通りだなぁと思う!

なぁんとなく「吐き出したいなぁ=表現したいなぁ」という思いはあっても、具体的に何を?となるとなかなか手が動かないことが多い。去年は半年ほど「一日一描」をやっていた。主に線描で。あのときはああいう気分だったんだと思う。今年に入ってからはその「気分」が薄れてしまい、ただムズムズした感覚だけがくっついてまわっていた。春先まで、このムズムズ感に焦りさえ感じていた。でも何もできずにいた。どうやってリズムを取り戻せばいいのかわからず、「sketch everyday」なんて言葉で検索してみる。するとよくあるのが、365の単語のリストにそって、とにかく列挙されているものを1から順番に毎日描くのだ!というもの。リストにあげられているのはかなりランダムで、「好きな道具」「木の葉」「感謝しているもの」「朝ごはん」などなど。提案されるのはいいのだけれど、気持ちがのらないので続かないし楽しくない。「やらなければいけないタスク」になってしまう。

瞑想をするようになってしばらくたったころ、それほど焦らなくなった。ムズムズ感も柔らかくなってきた(これが瞑想の効果かどうかはわからないけど)。で、umiさんのこのプロジェクトのお話を読んで、毎日じゃなくても、描いてみて100まで枚数を数えるのなら続くかも!と思った~。

で、これが昨日の3枚目。デジタルもありということにしたヨ。

Doodle Marathon にもアップした:experiment: japanese anemone

花を描いたのは初めて。まだまだ使いこなせていないタブレットで、デジタルだけど無機質になりすぎないように、絵の具だったらどんな風にしたいかなぁって思いながら。ほこりをかぶっているサブ・ブログ「Doodle Marathon」の方にアップしているのは、大抵、目(頭・心)に浮かんだものを描いているので、写真を参考にして描いてみたのも初めて。

ぼちぼちと。100枚描けたらいいな。100枚目に到達するまでに、「こういうのが好き」「こういう風にしたい」っていうのが見つかれば嬉しい。マイペースで数えていこう。

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