ローマの家庭の味

あと10日でクリスマスっ! それまでに旅リポート終わらせなきゃ〜っ。

ローマにいる間はずっとお友達にお世話になり、美味しいものをたくさん頂きました。ほとんど毎日、シーフードを食べさせてもらった。私たちのためにそうしてくれているの?と聞くと、フランチェスカもマシモもお肉よりも魚のほうがお腹にもたれなくて好きなんだって。ローマでこれだけのシーフードを食べられるということにビックリ感激でした。レストランとは違う家庭の味。マシモたちに作ってもらったものの中から少し、紹介しますね♪

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タコのパスタを作ってくれているマシモ。タコは一般に「polpo」と呼ばれるんだけど、こういう小さいのは「moscardini」って言うんだって。マシモは料理を始める前に「◯◯ちゃーん、Come here now!!」って私を呼んでデモンストレーションを初めてくれた(笑)。オリーブオイルで炒めた後、トマトと一緒に煮込んでいた。こういうタコってカナダでは食べれないのでうれし〜。

塩漬けのアンチョビも美味しかった… まだ身がぷりぷりしてた。右下のが、モスカルディーニのパスタ。うま〜い☆

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左下のは「メカジキ」。Swordfishって呼ばれる魚だ。これはカナダでも手に入ると思うけど食べたのはコレが初めて。これもささっとオリーブオイルで炒めてパセリを加えただけ。地中海の魚介類は含む塩分の量が多いんだって。だからほとんど塩を加えなくてこれだけの旨味がでるそうな。メカジキ、歯ごたえもよくこりゃおいしい。 で、右下のお野菜。コレはローマ特産(?)の「puntarelle(プンタレッレ)」のサラダ。生で見ると、セロリとエンダイブのあいのこの様な姿。マシモが作ったドレッシングは、オリーブオイル+バルサミコ+アンチョビペースト。少し苦味がある野菜なので、この塩気の効いたドレッシングによく合う〜。

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えーっと、マシモが準備してくれている(↓↓)は、「Jamon Patanegra」というスペインのブタのサラミ生ハムこれがね、とても濃厚な味で少し甘みもあって美味しかった!このパタネグラに使われているブタは、「ドングリだけを食べる野ブタ」なんだって。ドングリだけを探して森のなかを走り回っているブタを想像すると可愛らしい。お肉に甘みがあるのも納得。

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この日はじっくりとパタネグラを味わってワインを楽しんで、その後はフランチェスカの作ったミネストローネだった。このスープがとっても甘いの!とてもシンプルなのに使われている野菜の甘さがしっかりと味わえる、そんな感じ。何でこんなにおいしいんだろう。

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右上のお菓子はマシモのお父さんの故郷「Basillicata」のお菓子なんだって。「cartellate(カルテラーテ)」と呼ばれるもの。揚げた生地の中にたまっているのは、赤ワインを煮詰めて甘くしたソース。ローマで見かけるのも稀なんだって言ってた。こういう揚げたお菓子、たまらないね〜。

↓のお魚、なんでしょう? 「Triglia(トゥリリア)」=「ヒメジ」だよ。フランチェスカのお料理。玉ねぎをゆっくりとオリーブオイルで炒めたところに魚を加え、そのあと身を丁寧に取り除く。骨が小さいのでとても面倒なんだけど、フランチェスカは二本のフォークで上手に取り除いていた。骨が細かくて面倒という理由もあるのか、大抵とても安く手に入るんだって。でも身に独特の味があって美味しいよって言ってたヨ。

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そのお魚の身と「mezza mancia(=半袖という意味のパスタ)」を和えたもの。半袖の中に魚の身が入り込んでナイス☆ パスタと魚をこうやって食べるっていうのが、とても新鮮。

カラス貝(?)の酒蒸し。お汁をパンで吸いとって食べたよ〜。

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こういうお料理でも、お塩を一切いれていない。ただ白ワインとパセリと一緒に蒸しただけ。

最後の夜は、ピザが食べたいとリクエストした私たち。お店で買ってきたもので十分幸せなのに、わざわざ作ってくれました。じゃがいものピザとシンプルなマルゲリータ。

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カテリーナまで参加して作ってくれた。生地をとっても薄くのばして、かりかりのクラストにし、はさみで切って食べたよ〜。

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こうやって、みんなでワイワイと話しながらお料理して(←私は見ているばかりだったけど)、一緒に食事して、お腹も心も満たされました。私は一度だけ餃子を作らせてもらいました〜。うはは。もうちょっとささっとなんでも作れるようになりたいな、と実感。マシモたちを見ていると、決して出来合いのものを買ってくるわけでもなく、でも、お料理そのものはとてもストレートで素材の味がとても生きていた。オリーブオイルもバルサミコも、そのまま舐めてみたけれど本当に美味しいのネ。

あ、余談だけど、カテリーナの小学校は給食なんだけど、月に80ユーロ。毎日の食事はアンティパスト、プリモ、セコンド、ドルチェ、が出るんだって! 月に一度、栄養士さんからの話もあるらしい。やっぱりね、本物の食を味わって育った子どもたちって、味覚だけじゃない何か(食べることの幸せや生きることの本質みたいなもの)を知らず知らずのうちに培っているような気もする。

ごちそうさま〜♡
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古代の商港都市 オスティア・アンティーカを歩く

紀元7世紀にテヴェレ川の河口に最初に作られた港町、オスティア・アンティーカ。紹介しようかどうか迷ったのです。私自身、オスティア・アンティーカは事前に写真で見た時の印象が「ふぅ〜ん。大きな遺跡か。」っていう程度だった。おそらくここで私が同じように写真を並べても、「ふぅ〜ん。」なんだと思う。旅先の美術館や観光スポットって、写真で見たとおり・思っていたとおり素晴らしかった!っていうところもあれば、行ってみてちょっとガッカリ、っていうのもあるよね。このオスティア・アンティーカは、行ってみてそのスケールを感じて古代の街を歩いてみるべきスポット。ローマのテルミニ駅から電車を二つ乗り継いで、1時間もかからなかったよ。時間があれば、是非、ゆっくりと一日かけて歩いてほしいところです♪

Ostia Antica

とても広い。このメインストリート「デグマーノ・マッシモ」は全長2km。敷き詰められた大きな石の淵は磨り減り、隙間に足が何度も足が挟まりそうになった。オスティア・アンティーカは、紀元1世紀から3世紀ごろに最盛期を迎えて、4世紀ごろになるとテヴェレ川の河口が砂で埋まってしまい徐々に衰退していったんだって。最初に小さな港町として現れてから約1000年もの間、栄えた都市。2000年以上も昔のこと。それを念頭に歩き始めた。

とは言え。最初歩き始めた時は「公園を歩いている」様な軽い気持ち(?)だった。ところが、進むに連れて「大浴場」やら「劇場」やら「フォーラム」やら「商店街」やら「居住区」やらなんやらが出てくる。それも、半端じゃないスケールで。そこで初めて、この古代の商港都市がどれほどの長い間栄えていたのか、実感した。

ネプチューンの浴場。展望スポットに上がると、お風呂場の様子がよく見える(↓)。

Ostia Antica

私たちが見ただけでも浴場は3つ。根気よく歩けば6つ7つ軽く見つかるらしいよ。温浴場の床にはモザイクがほどこされていて、このモチーフがそれぞれの浴場のテーマを表現しているみたい。

デグマーノ・マッシモをそのまま歩いていくと、大劇場あり。一番てっぺんに立つと、この辺りの街の様子が一望できる。面白いなって思ったのは、劇場の正面にある広場(↓)。「同業者組合の広場」なんだって〜。商工会議所みたいなもの。なんてったって、港の街。地中海沿岸の国々やエジプト、アフリカからも数々の輸入品が流れ込んできたわけで、それぞれの品物・職業ごとにオフィスを構えていたんだそうな。面白いよー。魚やイルカや小麦など、品物のモチーフが店の床にモザイクで描かれていて今でもハッキリと残ってる。

Ostia Antica

どんなものが輸入されていたのか、ハッキリとわかるもんね。後で調べてみると、小麦はとても貴重な輸入品で、その他にも肉類、酢、衣類、金属、パピルス、香料などなど。こういったものが全てローマに送られていたんだって。当時のオスティア・アンティーカは、活気に溢れた国際都市だったんだよ〜。こうして歩きながらそんなことを想像するとわくわくしてくる。

しつこいけれど、これが2000年以上も昔の街なのです。劇場の様なスケールの大きな建造物にも圧倒されるけれど、街のあちこちに残っている居住区や店頭のディティールにも感動する。

Ostia Antica

↓↓カピトリウム=神殿。屋根の部分は残っていないものの、壁はまだしっかりと残っている。ローマの3神(ユピテル、ユノ、ミネルウァ)が祀られていたんだって。

Ostia Antica

この神殿の周りには仕切りで区切られた建物がたくさんあったんだけど、それらは輸入品の一時保存倉庫だったらしい。あとでゆっくりと地図を見てみると、素晴らしい都市計画なんだよ。それが徐々にそういう風にデザインされたのか、前もって計画されたのかはわからないんだけど。倉庫があって、その近辺にはマーケットがあり…

市場があれば商店街の様な通りがあり☆ 「ディアナの家の通り」は面白かったよ〜。現在は2階までしか残っていないものの、当時は4階建ての「インスラ」って呼ばれるアパートが両側に建ち並んでいたらしい。2階までは登れるよ。その当時、すでにインスラの建築制限があったんだって!その制限では4階までしか建てられなかったそうです。

Ostia Antica

一階部分は商業目的として利用され、上部階は居住空間。これって、現在のコンドでもよく見かけるスタイルやんねー。

一番テンションがあがったのは、この「居酒屋(テルモポリウム)」!

Ostia Antica

お店に入るとカウンターがあって、フレスコの看板がかかってるのー。左の図は恐らく蕪らしき野菜がお盆にのっていて、中央はコップ、右のは…よくわからない。

Ostia Antica

↑↑ ほらっ、カウンター。ここにもたれて一杯…当時のカクテルは、ワインに蜂蜜、スパイスなどを混ぜたものが主流だったらしいよ。カウンターの前にはカマド(?)みたいなものもあり。

Ostia Antica

居酒屋の奥は中庭の様になっていて、作り付けのベンチがあり。ここで当時の商人たちは仕事の後くつろいだりしたんだろうな。

3階レベルまで残っている部分もあったので登ってみた。こうしてみると、この辺りは細かな部屋に分かれている。ここも倉庫だったのかな。インスラはアパートスタイルだけれど、ドムスっていう一戸建ての家が並ぶエリアもあるらしい(迷ってしまってたどり着かなかった。。。)

Ostia Antica

ディアナの家の通りを抜けて、地図を見ながら歩いていたものの、どこがどこなのか分かんなくなった私たち。そう、古代都市はグーグルマップにはのっておりませぬ。。。

Ostia Antica

何に一番感動したかというと、街のデザインがとても「合理的」だということ。とても文化的でもあり、この商業の街を訪れた多国籍の人たちを迎え入れるシステムが整っていたこと、多様な宗教をも含めて受け入れ、文化的にとても柔軟だったこと。これらのシステムが2000年以上も前にすでに確立していたということ。現在の私たちの地方政治なんかよりも、ずっと「まとも」じゃないか、って思わずにはいられなかった。

Ostia Antica

オスティア・アンティーカの写真を見ているだけでは感じられなかったこと。延々と迷子になりながら歩いてみて気づくことができて、よかった♪

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ローマ:サン・ロレンツォ地区より

頑張ってバチカンを紹介した(?)ので、ちょっと息抜き。私たちが滞在した地区「San Lorenzo・サンロレンツォ」からのシーン。ほとんど散歩の途中に iPhoneで撮ったもの。ローマ観光のメインスポットとして取り上げられることは無いであろうサン・ロレンツォ。なので、少し紹介しますねっ。ローマ・テルミニ駅の近く、古代ローマの城壁を挟んで東西に広がる地区。

San Lorenzo

今回で2度めのローマ。前回は、正直、相方も私も「おどおど」していた。ここは色んな人種が入り混じり、活気があって面白い。大学やカレッジ(?)もあり、学生さんもよく見かけた。前回は「ちょっとぉ、こわぁい。」ってビクビクしていたけれど、今回はこの地区が大好きになった。毎朝、時間があったら一人でアパートの周りをてくてくと散策したヨ。

アジア人やアフリカ、中近東の人たちがたくさんいて、マーケットだって「何これ?」ってものが売ってたよ。中華系のお店では使えそうな調味料も全部揃う。

San Lorenzo

色んな顔の人たちが入り混じって生活しているのがとっても面白い。カテリーナの通う小学校も国際色豊かで、公立学校としてはローマではちょっと珍しいそうです。ほら、今年話題になった映画「グレートビューティー」の主人公ジェッパ。彼の子供さんもこの学校に通ってるんだって。移民人口が増えつつイタリアで、カテリーナの様に色んな国の子供達と一緒に勉強し活動する環境はますます必要になってくる、ってフランチェスカも言ってた。モデル校として、他の地区からも参観者が来たりするとも言ってた。

San Lorenzo

テルミニ駅の西側にはトラムが走る。このすぐ近くに小さなサン・ビビアナ教会があって、そこにはベルニーニが一人で手がけた最初の彫刻があるんだよ。マシモの話では、この辺りはちょうど丘になっているんだって。なので、その昔には「ビラ」が建ち並んでいたそうな。現在はガッツリとしたアパートやなぐり描きのグラフィッティやゴミも多いので、想像ができない。この辺りから発掘された彫刻やモザイクの数々を数日後、美術館で見ることができた。こうして、少し歩いてみて、マシモの話を聞いて、美術館で発掘品を目にして、ほんの少し点と点が繋がった!と感じられる瞬間がありました。

サン・ロレンツォって、ローマで唯一、第2時世界大戦中に連合軍の爆撃を受けた地区なんだって。その時に亡くなった人たちの名前が書き連ねられた公園もある。

San Lorenzo

マシモが近所に買い物に行くときは、「一緒に来る?」と声をかけてくれたので、いつもついて回った。まったく、金魚のフンとは私の事。ローマの他の地区にゆっくりと滞在したことがないから、比べることはできないけれど、私はこのサン・ロレンツォが好きです。マシモのフレンドリーな性格もあるけれど、お店の人たちとの会話とか、道行く人に話しかける様子などを見聞きしていると、「コミュニティ」の存在を感じた。これは、ビクトリアに住んでいると感じられないもので、素敵だなぁって羨ましくもなった。

San Lorenzo

下町の雰囲気っていうのかな。みんな、妙に声が大きいし、気さくだし。今回は少し気持ちに余裕もあったからか、話せないけど挨拶したり。「えーっと、うーんと、そのパンの半分だけ頂戴。」って言ってみたりすると、すんごい親切に「ちょっと味見する?」って一切れくれたり。「北の方に行くと、人との関わりがまた全然違うよ」ってフランチェスカが言ってた。ローマにいる調子で店の人に話しかけたりすると、変な目で見られることもあるよって。地域柄もあるんだね。

San Lorenzo

ハチャメチャで小汚くって、でも人情味溢れるサン・ロレンツォ。好きです。

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