4時半前にトイレに目が覚めて、それから目が冴えてしまったので起きた。
布団から出てしまうと、なんとなくまだ眠い気がして、少し体操をする。顔を洗い、寝室の隣のスペースにあるGusのコーナーにろうそくとお線香を灯し手を合わせる。
ちょっと早起きしたので「書いて」みようかと、ブログを開いた。というわけ。
大学の新学期は来週から始まる。いよいよ今週に入り、新入生たちがキャンパスをウロウロし始めている。
あぁ、また始まる。あと少しの穏やかさを自分の中にかき集めておきたくて、お昼休みにキャンパスガーデンを久しぶりに歩いた。
自転車通勤のときにはポッドキャストを聞くんだけれど、昨日はThis American Lifeを聞いた。パレスチナのガザ地区、ウェストバンクに暮らすパレスチナ人のひとりとリポーターの会話が流れた。そのエリアには「セトラー(Settlers)」と呼ばれるイスラエル軍が占領区を広めている。インタビューを受けていた彼は、自分のVanに子どもたちをギュウギュウ詰めにしてのせ、学校まで送っていく。セトラーのエリアをさけると、車で1時間かかるという。通学途中、子どもたちは自分の後ろで、お菓子のことや宿題の話をしている。なぜ、そうやって子どもたちを送り迎えするのだと聞かれ、自分には家族もいない。このVanとタバコがあればなんとかなる。だから子どもたちを送っていく。
というようなことを言っていた。この部分を聞いたときに、涙が溢れてきた。
私の感じることが何になるわけでもないのだろうけれど、あまりにも不公平過ぎて。子どもたちが子供らしく生きられる環境だけでも守ってあげれないのかと、やるせなくなる。
緑の中を歩きながらも、申し訳ないほどありがたい。自分にはこんなにもたくさん与えられているということ。
夏の終わりのアジサイがたまりません。
我が家の裏庭の花たちも、柔らかくなった朝の光の中できれいです。
そうだ。先週末はとても久しぶりに庭仕事をした。日陰のベッドの掃除。少しずつ片付けを始めたくて。
はびこってしまっていたグラウンドカバーの草や雑草を抜いただけなんだけど、土いじりをすると気持ちがいい。ということを思い出した。とても満たされる。
と、ここまで書いて、そろそろ朝の準備の時間だ。顔に日焼け止めを塗って、お湯を沸かし、チューイを起こしに行きますか。





いつも犠牲になるのは普通の人で、普通の子供達。嫌だなと思うことを書き始めるとキリがないけれど、本当に不公平だよね。こんなことを思いたくはないけれど、その子供たちが、ほかの環境を知らないでいたら、その子供たちが大きくなった時に、その中から新たなテロリストを産むかもしれないとも思う。
なんとかならないのかな….。わずかな子供達でも、先進国と言われている国々で戦争が終わるまで引き取るとか。無理かな….。
たまになら早起きも、悪くないね。なんだか時間が余分にあるような気がするものね。私もやってみようかな。
Sachieさん、いつもありがとう。
うん。本当にね、不公平で不平等。子どもたちが一体何をしたというのだろうって、やるせなくなるよ。
私はこんなにも恵まれていてこんなにも平和に安全に暮らさせてもらっていて。ありがたいありがたい、って思う。
Sachieさんが心配するように、戦場で育ち愛するひとたちを失うことが日常のことで、大きな夢や希望を持つことを知らずに大人になってしまったら、次は自分が「奪い取る立場」になってやろうじゃないかと思ったって仕方がないよ。
最低限の安らぎと食事を得られる環境を、と願わずにはいられない。
早起きもだんだん難しくなってくる!朝が真っ暗なんだもん。日が短くなったよね〜。