奈良の大仏さん

「ビッグ・ブッダに会いに行きたい」という相方のリクエストのもと、父と私たちの三人で奈良の東大寺の大仏さんを見に行ったヨ。実家に着いた翌日のこと。相方も私も少々時差ボケあり。プラス、ビクトリアを出るときにすでにもっていたっぽい「お腹の風邪」を引きずりながら。それでも「ブッダを見る〜!」と、ぶらぶらと奈良の駅から東大寺まで歩いた。

いきなり。鹿だ。Oh Deer.

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ビクトリアでもこの子たちには散々被害を被っているので、鹿を見たって全然テンションあがりません。それに。。。奈良の鹿の顔、あんまり可愛くないやん。毛並みもぼさぼさやん。と、クリティカルな私。だってほら(↑↑)、この目つきっ。かわいくなーい!

東大寺

お天気も良くて参拝日和。でも、思ったほど人でごった返していることもなく、気持ちよく歩けた。京都に比べると、奈良はまだまだひっそりとしているのかもしれない。

東大寺

カナダに住んでいると、建築物から歴史を感じるといってもせいぜい百年、二百年ほど(大きなFirst Growthの木々からは年月を超えた命を感じるけど)。だから、1000年以上も前の建物を眺めたりその当時の人々の暮らしを想像すると、ふぅっとめまいがしそうになる。

40代になってから訪れるお寺や、目にする仏像は、私に今まで気づかなかったことを教えてくれるように思った。2度も火事にあっても、再建しなおすべきだと人々を動かした理由もわかる。不思議です。理屈ではきちんと説明のつかない大きな力って、きっと存在するんだろうな、って思ってしまう。

東大寺

本来は南都六宗の6つの宗派が混在した東大寺。1つだけの宗派ではなく、別の分野を勉強するようにいくつかの宗派を兼学できたっていうオープンさがいいな。

東大寺

相方は「本来はより優られたお坊さんだけがココで勉強できたのか? 一般人も大仏さんを見に来ることができたのか?」って質問してきた。 …わからない。スミマセン。でもさ、一般庶民のその辺の農民たちがこの門をくぐって大仏さんを拝みに。。。これたのだろうか? 江戸時代くらいになったら町人も拝観できたのかなー。

東大寺

こういう歴史的建造物を今でも修復できる人たち。素晴らしいな。その技術をいつまでも受け継いでいってほしいものです。和の美には、無駄がない。線と平面がとてもきれい。

大仏さん。お久しぶりです。こんにちわ。

東大寺

「大宇宙の存在そのものを象徴している」という盧遮那仏像。相方は無言で見つめていた。

東大寺

菩薩さん。生きている私たちの苦しみを請け負ってくれる(?)のですね。

天さん。守護神。筆を持って、何をメモってられるのだろう。

東大寺

この金堂の中では写真をとっても良いとのことだったので、こうして何枚か写真をとったんだけど、しばらくしてから「何故撮るのか」よく分からなくなってやめにした。そしてもう一回ぐるりと大仏さんの周りを見て回りました。

ちょうど、東大寺ミュージアムで平安時代の「月光菩薩」と「日光菩薩」を見ることができたよ。元々は法華堂に納められていたもののようです。表情がとてもやさしくて、ずっとずっと眺めていたい気持ちになりました。目を閉じてこのお顔を思い浮かべることができるまで、ずっと見ていました。

東大寺

それから鎌倉時代の「千手観音菩薩立像」(↓のパンフレット)。40の手を持っている菩薩さん。えっへん、っていうようなちょっと子供っぽいお顔が印象的だった。「あらゆる方法(千は無数)で人々を救う観音菩薩の慈悲を象徴します。千手観音菩薩像を42手にするのは、中央の合掌した2手を除く40手の各手が、仏教で言う25有世界の生き物を救うとされるので、40に25を掛けて千と考えるのです」。なんだそうです。

東大寺

どうぞお守りください。って手を合わせてしまいます。自然とそうして手を合わせてしまう。

今回の帰国でしみじみと、合掌って、いいな、って思った。

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