つぶやき:表現力について【つぶやき】

ときどきネットで「ミモレ」というオンライン雑誌(?のようなポータル)を覗く。知ってますか?

ファッションやライフスタイルや社会のことなど、幅広いジャンル・トピックをカバーしていて記事もそれほど長くなく軽い。なのでご飯を食べながらサラッと読んだりする。そのミモレで先日目についたのが「表現力を伸ばすストレッチ」という記事。「発信力を伸ばすWeb文章術」っていうコーナーの最新記事だった。このコーナー担当の「ばたやん」さんは「真夜中の読書会」っていうポッドキャストも発信されていて、視聴者(聴者か)さんの質問に答えながら様々な本を紹介されていて面白い。

話がそれたけど。この「表現力を伸ばすストレッチ」の記事の冒頭の「表現力はあるかないかじゃなく、使うか使わないか」、というのが目にとまり、少し経ってからも「なるほどなぁ」って思い返してしまった。表現力とは「伝達しようとするちから」だって。「表現力のない人なんていなくて、ただ使っていないだけだよ」ってばたやんさんが言っていた。語彙力、ではなくて、簡単なことばでどれだけの可動域があるか、がたくましい表現力につながるのだ、と。

なるほどなぁ〜。

確かに。使わないでいると「使えなくなる」。はい、そのとおりです。

ま、身につけた技術ならなんでも同じなんだろうけれど、それは生まれてから使ってきた母国語でさえ、使わないでいると錆びついてくる。カナダで暮らしていると日常会話は英語であって、日本語を話すこと・書くことがない。読むことはネットや本でなんとか維持できるかもしれない。でもホント、久しぶりに日本語で話したりすると、妙に幼い言い回ししか出てこなかったりする。きちんとしたまともな文章を書けと言われたら、恥ずかしいけれどもう書けません。

言葉を使った「表現」が錆びついてくると、色々と不健康なことにもなる。自分の思いを伝えたいように伝えられないっていうのは、不健康です。私の場合、英語で暮らしていても多分、この先もまあまあ生活には困らない程度のレベルでとどまると思う。メールは書けても、ちゃんとした文章を書けって言われたら書けない。

日本語は私にとっての母国語だって言うのに、表現が乏しいというか、本当はこんな風に伝えたいのに思うように言葉を並べることができないということがある。これって笑い事では済まされなくなる気がする。

一体、何が言いたいかといいますと。だから、大したことではなくても、伝えたい・シェアしたい・聞いてほしい、っていうことがあったらここに(blogに)書いていこうじゃないか、って思ったということです。

めちゃくちゃ前置きが長いな… こういう文章の組み立て方は、英語圏のひとにはすっごい嫌われる。「だからあんたは一体何が言いたいわけ?」って(苦笑)。←よくある。英語で話していても「話の持って行きよう」がジャパニーズ。でも多分、日本人と話していたら、応答のタイミングやYes/Noが日本人ぽくないって思われることもあると思う。

とにかく。あまり深く考えず、表現力の筋力と可動域を鍛えていかなきゃいけないな〜って感じたのでした

1ヶ月前に頼んだスクワランオイルが今頃届いた。もうワセリンで十分になっちゃったんだけどなぁ。コレ一本の値段でワセリンが5本くらい買えるかも。右上のはね、ラナンキュラスのコーム(球根みたいなの)。この春はちゃんとラナンキュラスを植えてみたい。これはGusのために☆ まずは発芽してください。

。。。と。今日はランダムにつぶやいてみた。