25年。

先週金曜日は25回目の結婚記念日でしたー。

いやぁ、私、よく頑張ってきました!という感じ!笑

なんてったって四半世紀やからね。生きてきた人生の半分やからね。

自身、思うところはたくさんあるけれど、「こんなにも長い年月一緒に暮らしてきた」のだから、コレは縁なのでしょう。笑 もう、なんか、笑うしかないよな、ってときも増えてきたから。

去年、トフィノへの旅が2度目のキャンセルになったとき、ちょうど結婚記念日だったのでレストランに行った。昔からあるところで、ハズレがない。食においてはコンサバな相方(冒険して色んなものを食べたり別のレストランを試したいと思わないタイプ)なので、同じレストランをぎりぎり予約した。

結果。そう、まず結果を言うと、アニバーサリーディナーに出かけて良かった。彼も楽しんでいたし、食事もとても美味しくて満足。ちょっとスペシャルな気分になれてとても良かった。

彼は鴨のコンフィ、私はニジマスのソテー。リースリングのドライな白ワイン。

デザートはクリームブリュレをシェアしてアメリカーノと。美味しかった!

そして。

ひとりで、また、「老いるとは」と考えてしまったということも事実。

前にも書いたけれど、相方は普段ひとりで出かけるということもない。社会とのつながりや、人と会うということが最低限だ。本人はそれでも寂しくないし、危機感を感じることもないらしい。なので、こんな風に「レストランに行く」ということでさえも、きっと一大イベントというか、微妙にストレスで微妙にパニックになるのかもしれない。五月に小旅行に行ったときにもそんな感じだった。

テーブルについても、何ていうのか、目がうつろというか「ここにいない」ような表情だったし、「このレストランに来るのはもう何年ぶりだろうね」なんてことを言っていた。「去年来たよ。」と言うと「え?ほんと?」と。それを2回ほど繰り返した。
ぼや~んとした感じだったけれど、ぼや~んと笑顔というか。ストレスを感じている表情ではないものの、ぼや~~ん、なのです。

結婚記念日だったし、あのときはこうだったね~、ということを言いたくもなる。でも、相方の返答は「そうだったっけ?」というもの。「そうだったよ。」と私が言う。覚えてないの?と聞くと、「うん、覚えてないよ」と明るく答える。そういうひとだ。

家に帰って安心すると、とたんにいつもの表情(目)に戻り、楽しかった!という彼。翌朝もその次の日も、一緒にレストランに行けて良かった、楽しかった、美味しかった、と喜んでいた。

私は、少し寂しい気持ちになった。というのが正直なところだ。

私が覚えていることと相方のソレとには大きなギャップがある。そういうことが増えてきている。25年も一緒に暮らしてきたけれど、記憶のズレは大きくなってきている。

数日前にサクッとお茶をした友人も、義母さんの最近の様子がとてもネガティブで、色々と考えてしまうと言っていた。「老い方」にも色々あるねぇと、ふたりで話していたところ。

私も、普通に歳を重ねていけば「おばあさん」になる。そのときには何かしら、誰かのサポートが必要になってくる。心穏やかでいられるのか、昔のあれこれにしがみつきながら老いるのか、「今」をただ生きていくのか。その友人とも、おばあちゃんになったら日本に帰る?という話にもなった。海外組は必ず考えることなんだろう。子供がいたら、ここが子どもたちにとっては母国であり、心理的な「根」も深いと思う。私には子供がいないし、やはり、老いて体が自由に動かなくなったりしたら、援助を受けやすい日本に戻るのかな。どうなんだろう。

。。。と、まぁ、結婚記念日に「おばあちゃんになった自分」のことについて思い巡らしたのでした。笑